2008年8月20日水曜日

劉翔、ハードル棄権の波紋

劉翔選手は、中国陸上ばかりか、中国のヒーローとあがめられていた訳だが、北京五輪の110メートル障害1次予選で棄権したことで、相当な波紋が中国国内で広がっているようだ。
お国が違えばということで、今日はこの棄権の問題を少しだけ考えてみたいと思います。

中国国内では、劉翔選手に対する同情の声と批判の声とが上がっているようですが、人民日報など政府筋では大方同情的な見方をしていると言われています。
一方でインターネットの掲示板などでの書き込みでは、やはりお金まみれのオリンピックの象徴みたいな扱いをされているようで、どうもスポンサーと選手の金銭関係の典型的な例として取りざたされているようです。

まさに、お国が変わればということで、これが今の中国のスポーツ、スポンサーと言った、利害関係、金銭関係の典型的な例になるのでしょう。事実劉翔選手が棄権したことによる損害は莫大な金額になるようです。怪我による棄権であるにもかかわらず、敵前逃亡とまで言われることには、日本人なら首を傾げたくなると思います。

日本選手でも、野口みずき選手が2連覇のかかった女子マラソンをほとんどドタキャンに近い状況で棄権しましたが、少なくとも劉翔選手に起こったようなバッシングめいたことは起こらなかったと思いますし、私個人としても目に付きませんでした。
日本人の野口選手を見る目はある意味とても同情的であり、非難の矛先を向けるならば、むしろ補欠の選手を用意していなかった日本陸連ということになるようです。

この点でもやはり中国と日本では国民とメディアの扱いもまたまるっきり違うような気がします。

愛国心からくるものなのか、闘争心からくるものなのか、国民性から来るものなのかは判断しがたいですが、少なくとも日本の中では怪我をした選手を個人攻撃して袋ダダキじみたことをやることはないと思います。
どうも中国ではお家の事情が違うようですね。
運動選手が優勝、金メダルなどを取ると、スポンサーがつき、CMなども入り莫大なお金が右から左へと動くのはどうやら事実であることがあらゆる報道から明らかになっています。
その金額を一般の人が目にするがゆえの様々な感情が働いているようにも感じます。

以前にオリンピックが金まみれ、利権まみれと指摘したことがありますが、それが、北京オリンピックを通して今回中国の国民の前にさらされることとなったと考えます。大会辞退のみならず、個人に動く大きなお金、その金額を聞けば、大衆の意見というのは偏った方向に向いてしまうのも無理はないかもしれません。

そんな中国の国内状況を表しているのが、食うや食わずの生活でも子供にスポーツの英才教育を受けさせ一流のスポーツ選手を目指させるというのがあります。
日本でも親が、子息をプロゴルファーにさせ一攫千金を夢見させるというのが流行っているようですがこれは、ごく一部の話です。
お金のためにプロゴルファーになったというようなニュアンスの話をすると、日本では一部でものすごい書かれ方をするのも事実です。上田桃子プロがバスケだか、バレーだか他のスポーツをやらずにゴルフをやったのは、お金のためとある番組で言い切り、大きなひんしゅくをかったことは記憶に新しいと思います。あの時は、そのスポーツをやっている人の気持ちが分からないとまで言い切ってしまったことが問題だったのですが。

日本人はたとえ大金が転がり込むのがスポーツだと分かっていても、それを夢、とかいった言葉のオブラートで包むような習慣があると思います。それの良し悪しは別として。
ただ少なくとも現在の中国ではどうやらこのような日本の状況とは違うようです。

様々な情報を遮断しながらの北京オリンピックのはずが、どうやら中国の民衆には資本主義国家のあらゆる情報が、ネット上だけでなく目の当たりの問題点として今回のオリンピックを通じて筒抜けになってしまったようです。

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