2008年7月4日金曜日

子供の教育について

我が家には2人の子供がいて来年受験する息子もいる
ということは以前に書いたとおりである。

子供の教育に関してはあまり口をはさまないようにと
心がけもしているつもりである。
かといって全然無関心というわけでもない。

親が子供の教育に関して関心を持ちすぎるという話は良く聞く話題であり
日本でも小学校から、或いは幼稚園から私立に入れる
いわゆる「お受験」というのがブームになっているとも聞く。

公立でずっと過ごしてきた我が家には全く関係ない話であったのだが
大学受験を控えた息子にはそう簡単に片付けられる話題でもないらしい。

というのも
中高一貫で勉学に励んできた生徒と
公立一本やりで学習してきた生徒には少なからず「学力差」というものが生じているらしい。
確かに私立中学辺りのカリキュラムを見てみると
公立とは歴然とした授業時間の差がある。
この圧倒的な授業時間の差こそが
私立と公立との学力差になっているのだろう。

何せ中学2年にはすでに公立の中学3年までの教育課程を修了し
中学3年にはすでに高校の学習に入っているという。
さらには高校2年には高校教育の課程を終了し
高校3年時には大学受験に没頭できるというのが
私立の中高一貫校のやり方というものらしい。

つまり、1年前倒しともいえるカリキュラムで大学受験に備えるのである。
これでは公立の高校、進学校と言えどもたまったものではないだろう。
公立高校の生徒は大学受験のために1年余計に時間が必要になってしまう
といった単純な考え方もできるというものだ。
大学受験に限らず受験というものは問題演習の数が圧倒的な実力差を生む。
そんなことに気をめぐらすときに公立に通う息子がどうしても演習不足による
成績の停滞がじれっったいという気持ちにある程度同情してしまうのである。

かといって、公立の高校の生徒たちがが全て現役で合格できないといったこともない。
全国にはかなりの合格者を出している公立進学高校もある。
要は、自分の目的に向かって最短コースを集中的に学習できるか否かであろう。
そこに大学受験の指導者がいればそれにこしたことはない。

学歴万能の時代は終わった、という声も聞かれるが
結局は大学受験のために努力をするのか、したのか、ということが大切なのだろう。
社会人になって分かることだが、大学時代に学習したことが
直接的に仕事に結びつくということはそう多くない。

できる奴は何をやってもできるなどといわれるのは
いわゆる「目的を持って努力する」ということが身についているということだろう。
学問を通して、そして目の前の受験を通して自分自身の学問・仕事に対する姿勢というのが身についてもらえらば良いのだが、と我が息子にも願うばかりである。

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